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横浜家庭裁判所 昭和55年(家)445号 審判 1980年10月14日

申立人 大木孝一

相手方 山川一利

主文

相手方が被相続人亡山口光太郎の推定相続人であることを廃除する。

理由

第一  申立の趣旨

主文と同旨

第二  申立の原因

1  申立人は、被相続人亡山川一太郎(以下一太郎という。)に指定された遺言執行者である。

2  相手方は、昭和四〇年五月一太郎の実娘トミ子と婚姻すると共に一太郎の養子となる縁組をした。そして、相手方とトミ子とは、その間に二子を儲けて円満な家庭生活を送つていたので、一太郎は相手方に対しその住居のほか家作用の家屋四棟を贈与して生活の安定を図るよう種々心配りをし、親としての恩情をかけてきた。

3  しかるに、相手方は昭和五〇年ころから勤務先の女性(小島花子)と肉体関係を持つようになり、近年は同女と同棲生活をするなどして家庭を顧みず、親、兄弟の諫言も聞き入れず、一太郎が昭和五四年二月危篤に陥つた際も上記小島の許に入り浸つたまま駆け付けもせず、同年一一月には遂に妻子を捨てて小島と共に失跡するなどの著しい非行を重ねた。

4  一太郎は、心筋梗塞と肺気腫症のため生命も危ぶまれていたが、親である自己並びに妻子を捨てて失跡した相手方の親不孝を許せないので、昭和五五年一月一一日相手方が自己の推定相続人であることを廃除する旨の遺言をした。

5  一太郎は昭和五五年一月二三日死亡した。

第三  当裁判所の判断

本件記録中の各戸籍謄本、戸籍附票写し、山川勝弘及び山川宜次作成の上申書、相手方作成の退職届写し、公証人○○○○作成の遺言公正証書、家庭裁判所調査官○○○○作成の調査報告書、同調査官○○○○○作成の調査報告書、本件申立書中の受付印欄の記載、山川トミ子、山川勝弘及び申立人に対する各審問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

1  相手方は、昭和四〇年五月一四日被相続人亡山川一太郎及び同人妻キミの養子となる縁組をすると共に同日一太郎及びキミの二女トミ子と婚姻し、その後相手方とトミ子の間に昭和四一年八月一三日長女かおりを、同四五年二月三日長男正をそれぞれ儲けた。

2  一太郎は相手方を非常に気に入り、相手方及びトミ子夫婦のため婚姻に際し自宅近くの自己所有土地上に家屋を建築して相手方らを居住させたうえ、昭和四八年五月ころ同家屋を相手方に贈与し、また賃貸用家屋四棟を相手方に贈与してその生計の安定を図るなど種々心配りをしてきた。

3  しかるに、相手方は勤務先の株式会社○○○○○(現在の株式会社○○○○○○)のタイピスト小島花子と親しい間柄となり、昭和五二年ころからしばしば外泊を重ね、帰宅しない日が多くなつた。このため相手方は妻トミ子の兄山川勝弘から数回に亘つて忠告を受けたが、その都度仕事で外泊する旨偽るだけで、一向に聞き入れようとはしなかつた。

4  また、一太郎は昭和五一、二年ころから助骨カリエス等を煩つて病弱となり、床に臥し勝ちであり、特に冬には肺気腫に罹るなど病状が重篤化する傾向にあつたところ、入院中の昭和五四年二月九日夜半に急性心不全のため一時危篤状態となつたため、近親者一同が病状を心配して一太郎の許に駆け付けたにもかかわらず、相手方のみは無断外泊をして所在も明かさず、一太郎の急場に臨まなかつた。

5  その後、一太郎は危篤状態を脱し、昭和五四年夏ころ自ら希望して退院し、自宅療養に切り換えたが、退院後も安静を要する状態であつたため、酸素ボンべ等を用意するなどの救急態勢を敷く有様であつた。

6  相手方は一太郎の上記入院及び退院後を通じて同人を親しく見舞おうともせず、同年一一月六日遂に前記小島花子と共に無断で出奔し、爾来現在に至るまで、全く消息を断ち、所在不明であり、妻子に対し生活費の仕送りも何らしていない。

7  一太郎は、相手方の上記各仕打ちによつて信頼感を裏切られ、多大の精神的衝撃を受けたものであるところ、同年一二月末ころには発作を起こして入院するに至り、入院中の翌五五年一月一一日公正証書遺言によつて相手方につき推定相続人を廃除する意思表示をし、かつこの遺言執行者として申立人を指定した。

8  一太郎は昭和五五年一月二三日死亡し、上記遺言が効力を生じたので、申立人は同年二月四日当裁判所に本件申立をした。

9  相手方が上記各所為に及んだことについて、妻トミ子ないし一太郎側に責められるべき落度があるなど止むを得ない事情があつたものとは認められない。

以上の各事実が認められ、右認定事実によれば、相手方は一太郎の養子であるから、遺留分を有する、一太郎の推定相続人であり、また相手方と一太郎との養子縁組は相手方と一太郎の二女トミ子との婚姻と共になされたものであつて、右婚姻と密接な係わりを有するものであるところ、相手方は養父である一太郎から恩義を受け乍ら、何ら積極的に療養看護の情を示さないばかりか、その重篤な病状を慮ることなく、他女と出奔してトミ子との家庭生活並びに一太郎及びキミとの親子関係を一方的に破壊したものであつて、これに基づくトミ子及び一太郎らの心痛は察するに余りあり、相手方の上記所為は民法八九二条所定の被相続人に対する著しい非行があつたものと認めるのが相当である。

よつて、相手方が一太郎の推定相続人であることを廃除することを求める本件申立は理由があるから認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大田黒昔生)

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